何処から?、何者?、何処へ?


by kusini
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<   2005年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧

モノクロの写真

学生時代、インドへ行くため、パキスタンのラホールに滞在していたときの街のスナップ写真です。

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なぜモノクロフィルムだったのか、よくわかりません。

カメラメーカーの研究所に勤務していたとき、社内のコンテストに3枚組にして応募したら入賞してしまいました。

大晦日の夜、久しぶりに見ていると、あのときの街の匂いや子供たちの無邪気な目の輝きが甦ってきます。
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by kusini | 2005-12-31 22:27 | 風景

夜のアキバ

最近、喫茶店の方がよくテレビのドキュメンタリーや情報番組に出るようになり宣伝になるのですが、
あんなに取材の時間をかけるならもっと違った切り口もないのかなと思ったりします。

秋葉原に移ってきて4ヶ月、私が一番驚いているのが、この街の健全さです。
夜8時を過ぎると昼間の人ごみがうそのように引け、静かになります。

かといって寂しい雰囲気ではなく、終電間際の時間でも中央通りは翌日の準備をしている電気屋、
ゲームセンターなど適度な灯りが残っています。

日中も若い人は多いのですが、うるさい気はしません。
夜早く帰ってしまうのも、この街に集まる若い人たちの特性でしょうか。

(昼間裏路でソフトのコピーリストこっそり渡す外国人女性は、ここだけ!?)

そんななかですこしづつ大人の楽しみを見つけています。

夜になると現われる、こじんまりとした居酒屋。
日本酒、焼酎専門店もあります。
万世橋のレストランの窓から見る神田川や電気街のネオンの輝きもいい雰囲気です。

夜は繁華街でもなく、寂しくもなく、でもまだ何かありそうなも、この街の面白さでしょうか。

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by kusini | 2005-12-27 07:34 | ブログ

将棋とコンピュータ


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最近、日本将棋連盟理から、プロ棋士のコンピュータとの公式対局禁止令がでました。
コンピュータ将棋の強さを認め、真剣に対応していくためらしいです。

将棋は、ゲーム理論からいうと「零和」「有限」「確定」「完全情報」というのだそうです。
つまりは囲碁、チェス、オセロのような偶然的要素が入らず勝敗がつく知的ゲームです。

この手のゲームは、一手目から可能な手の場合分けをしていけば、先手か後手の必勝法が見つかるはずなのですが、その場合分けは全宇宙の星か原子の数を越え、コンピュータでも計算不可能。

そこで、ソフトは人間の思考と同じように有力な手を何手か先まで読み、終盤は詰将棋を解くように最後まで読み切ろうとするのです。

チェスの名人がIBMのDeepBlueに敗れたあと、研究者、プロ・アマチュアのプログラマーの興味は囲碁、将棋に移りました。

ハード、ソフトの進歩に伴う棋力の伸びから、現在最強の名人に追いつくのは、あと10年後という予測があります。
チェスの場合は、名人に勝つ10年以上前からからこの予測がぴたりと当たりました。

いまは市販ソフトでも、最強のものは全将棋人口の数パーセントしか勝てないといわれています。

ソフトを売る立場からいえば、将棋ソフトが強くなっても、新しいものを売るのが難しくなっていきます。

私も仕事柄以前は、その時点で最強のソフトは持っていましたが、自分がどうやっても勝てなくなってからは買わなくなりました。
「強くなった」といわれても、自分では分からないし意味がないのです。

せいぜい棋譜の解析機能を入れて、敗因を人に教えて指導させるかというところですが、機械ごときにと思われるのか、あまりこれは一般受けしません。

この先、完璧に人間を越えれば、コンピュータが指す手は「神の一手」となるのか?

でもそうなっても、ソフト同士で勝ち負けがあるので、「最強の神」とか「弱い神」がでてくるのか?

そもそも、人は名局を鑑賞するようにコンピュータの対局を見て感動するのでしょうか?

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by kusini | 2005-12-18 12:27 | 仕事

忘れられない風景

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学生時代、ケニヤ一周の旅をしていたときのこと。

地図に道があるところには確かにバスは走っていましたが、ナイロビから離れるにしたがって次の町への距離は長くなり、なにもない大地や草原を何時間も走り続けるようになっていきました。

夕暮れ近く、私の隣りに座っていた青年が運転手になにか言い、そこで荷物を持って降りました。
そして、頭のうえに荷物を載せ、赤茶けた大地の地平線に向かって歩き出したのです。

動き出したバスのなかで私は、こうやって家に帰るのが最短なんだ、と気づきました。

いつ目的地に着くかわからず、その日の宿の心配もあったはずなのに、そんなことよりも、これが世界の多様性なんだ、とすこし感動しながら遠くの人影を眺めていたことは、25年以上たった今でもはっきりと覚えています。
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by kusini | 2005-12-12 02:31 | 風景

ATARIとAPPLE

趣味は?
と聞かれれば、一応「囲碁です」と答えますが、そのきっかけはだいぶ変わっています。

最初に会社を起こしたとき、アメリカの人工知能を研究している教授から囲碁の思考ルーチンのライセンスを受け、対局囲碁ソフトを企画・開発したのがきっかけでした。

最初はコンピュータより弱かったのですが、すぐにこの世界最古のゲームの奥深さに魅了されました。

考えてみると、コンピュータ産業を創造した人物には囲碁好きが多いようです。
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コンピュータゲームがビジネスとなったのは、ひとりの男の空想から始まっています。

それまで大型のコンピュータでひそかに遊ばれていた「スペース・ウォー」をすべての人に遊ばせたい、という夢に燃えたのがノーラン・ブッシュネル。

東洋趣味があって大の碁きちだったため、世界初のゲーム会社の名前は「アタリ」、世界初の家庭用ゲーム機の名前は「ATARI VCS(Video Computer System)」、子会社の名前は「テンゲン」。

会社は、出社・服装自由で、社内に和風の風呂があったということです。
(とうぜん碁盤もあったでしょう)

このアタリから初の大型受託開発の案件を取ったのが、設立間もないころのマイクロソフト。

ビル・ゲイツは、高校時代碁を覚え、ハーバード大学を選んだのも、とうぜん強い対局相手がいるだろうと思ったかららしい(多分)。
ところがまともな相手がいず、隣のMITに遠征しているうちにそこで刺激を受けたのか、もうひとつの趣味、コンピュータにのめり込んでいってしまう。

もし彼の好敵手がいたら、いまのマイクロソフトがあったかどうかはわからない(と思う)。

「ATARI VCS」は大ヒットしたものの、いやそれゆえにゲームソフトが本質的に内包する問題、「粗製乱造」にぶち当たり、アタリは倒産してしまう。

この「アタリショック」を徹底的に研究したのが任天堂で、ライセンス制でソフト開発のサードパーティーを縛り、自社も儲ける仕組みをつくってしまった。

任天堂を世界的企業にしたトップは囲碁六段で、それゆえに任天堂からは囲碁ソフトが出ていない。
(トップに勝てるレベルでないと製品化できない不問律があるらしい)

スティーブ・ジョブスが碁をしたかどうかわからないが、創業したばかりのアタリの社員で、そしてノーラン・ブッシュネルのDNAを見事に引継いだのが彼でした。

ソフトとハードを一体と考えてデザインするセンス、ライフスタイルを一変させようとする革新性、マーケティングにたけた企業戦略家というよりは、創造的プロデューサとして歴史に名が残るでしょう。

アップルはその社名のため、音楽事業を始めようとする度にBeatlesの本家アップルと裁判、和解を繰り返してきました。

その命名には諸説ありますが、これは私の推測です。
「APPLE」は「ATARI」を越えようと名付けたのではないか、IBMに対するHALのように。
そして、その志は十分に生きているように思います。


話しが大分とんでしまいましたが、碁とコンピュータの話しの続きは、また今度。

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by kusini | 2005-12-04 04:18 | 趣味